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東京高等裁判所 平成12年(ネ)2224号 判決 2000年9月21日

控訴人

久野健

外二名

右三名訴訟代理人弁護士

福島啓充

若旅一夫

谷口亨

成田吉道

松村光晃

築地伸之

山下幸夫

新堀富士夫

河野孝之

被控訴人

阿部日顕

右訴訟代理人弁護士

有賀信勇

大室俊三

被控訴人

福田毅道

右訴訟代理人弁護士

樺島正法

川下清

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は、控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らは、連帯して、控訴人ら各自に対し、それぞれ金一〇〇〇万円及びこれに対する平成四年一二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人らは、原判決別紙一記載の謝罪広告を、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、日本経済新聞及び聖教新聞の各全国版に原判決別紙二記載の条件で各一回掲載せよ。

二  被控訴人ら

控訴棄却

第二  事案の概要

一  本件は、宗教法人日蓮正宗の僧侶である被控訴人福田毅道(福田)が、日蓮正宗の関係者及び創価学会会員に対し配布した文書や日蓮正宗全国教師指導会でした発言において、宗教法人創価学会の幹部会員である控訴人らが、福田に対し、日蓮正宗から離脱すれば創価学会が五〇〇〇万円まで出す用意がある旨を話したとの虚偽の事実を摘示したとして、名誉毀損による不法行為であり、日蓮正宗の代表役員で管長かつ法王の被控訴人阿部日顕(阿部)も共同不法行為責任又は代理監督者責任を負うと主張して、控訴人らが被控訴人らに対し、慰謝料の支払と謝罪広告の掲載を請求した事案である。

これに対し、被控訴人らは、本案前の主張として弁護士法二五条二号違反や訴権の濫用等を理由に訴えの却下を求め、また福田による右事実の摘示は真実に基づくものであり、違法性がないなどと主張して争った。

原判決は、被控訴人らの本案前の主張はすべて理由がないとしたが、福田の行為には違法性がないとして控訴人らの請求を認めなかったため、控訴人らが不服を申し立てたものである。

二  右のほかの当事者双方の主張は、次のとおり付加するほか、原判決の該当欄記載のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人らの当審における主張)

1 原判決は、控訴人久野健(久野)が福田に対し、控訴人らの説得・勧誘に応じてC作戦を公表し、日蓮正宗を離脱した場合には五〇〇〇万円程度の金額の給付をする用意がある旨の条件を提示した事実(本件条件提示)を認定したが、事実誤認である。本件名誉毀損行為については、真実性の証明がなく、不法行為が成立するというべきである。この点につき、以下詳述する。

(一) 本件条件提示に関する福田供述の信用性について

この点に関して福田は、久野が「五〇〇〇万円かあるいはそれ以上出すことも考えている。」と言ったとする一方で、「五〇〇〇万円以上ならちょっと困る。」とも言ったと供述している。しかし、両者は内容において矛盾するうえに、創価学会の意向を受けての条件提示とすれば一層不自然である。

条件提示の時期と経緯についても、福田は、久野に対し、二日間にわたって、都合一〇回も離脱条件、見返り条件の提示を催促した結果、具体的な金額提示がなされたとする一方で、久野との一日目の会談ですでに金額提示があったとも供述していて、辻褄が合わない。条件提示が久野から積極的になされたのか、福田の催促をきっかけになされたのかについても、同人の供述には齟齬がある。

また、福田は、同人が猊下から金を貰っていることがC作戦の公表及び宗門離脱の障害になっているとの前提に立って久野が金額提示をしたとも供述しているが、久野においてそのような勝手な想像をして福田を説得することは考えられない。福田は、猊下からは一銭も貰っていないと言うが、そうであるならば、なおさら右のような前提で説得を試みることはありえない。

さらに福田は、久野からの条件提示を一切拒否し黙殺したと供述しているが、自ら離脱条件、見返りを再三催促したといいながら、提示された条件について黙殺したというのは不自然であり、久野からの条件提示の事実そのものが虚偽であることを示すものである。

福田の供述がこのように矛盾し、不合理、不自然なものとなっているのは、福田が、本件会談において久野が「五〇〇〇万円」という言葉を口にしたのを利用し、実際の久野発言の趣旨・内容をねじ曲げて、本件条件提示の事実を捏造したからにほかならない。

(二) 福田が本件条件提示の虚偽を自認していることについて

平成四年一一月一二日、福田は久野からの抗議の電話に対して、久野が五〇〇〇万円を出す用意がある旨の発言をした事実はなく、本件条件提示の事実が虚偽であることを認め、訂正文を出す約束をした。

この電話でのやりとりについて、福田は種々弁解しているが、実際の会話内容と矛盾し、甚だしく不自然で信用できない。また、久野の抗議に対し、福田が十分に反論できなかったのも、本件条件提示が虚偽であることを自覚していたからである。

(三) 福田の平成四年一〇月七日付「私信」について

福田は、久野らとの会談の直後、平成四年一〇月七日付の「私信」と題する文書(甲一)を創価学会インターナショナル(SGI)本部事務局、国際センターなどにファクシミリで送信して、初めて本件会談の事実を公表した。福田は、これにより、本件会談で、久野らが創価学会幹部として不用意な発言をしたことを強調しようとしてるが、そこでは五〇〇〇万円の金額の提示については全く触れていない。これは、本件条件提示が実際には存しなかったことを示すものである。

(四) 離脱の実態と本件条件提示の虚偽性について

日蓮正宗から離脱した僧侶に対して創価学会が経済的な条件を提示したことは一切ない。当時、創価学会の日蓮正宗に対する批判の眼目は、阿部を中心とする日蓮正宗の僧侶が信者の供養を浪費し、遊興し、あるいは華美な生活を送り、堕落しているという点にあった。こうした体質の日蓮正宗からの離脱を説得するにあたって、金員の提供を申し出ることは背理である。本件で、仮に福田に離脱を説得したとしても、同様に経済的条件の提示はありえない。

福田が久野らの説得を受け入れた場合、日蓮正宗から懲戒処分を受け、僧侶の肩書きを失うことは予測できるが、そのことと福田が生活の基盤を失うこととは必然的な関係にあるわけではない。各寺院に所属する信者は法華講に比べて創価学会員が圧倒的に多かったのであるから、福田が日蓮正宗を離脱しても、本地寺には創価学会員が信徒として戻ることになり、住職が生活基盤を失う事態にはならない。したがって、福田が控訴人らの説得に応じるには、経済的補償が不可欠とする原判決の判断は誤りであり、経済的要素が信仰上の要素に優先するとの独自の価値観、先入観による判断といわねばならない。

(五) 福田による本件条件提示事実捏造の狙い

前記のように「私信」では全く触れられていなかった本件条件提示が、「離脱勧誘始末記」や「報告書」に突如として記載されるに至ったのは、日蓮正宗の宗務院が福田に対する離脱勧誘のための会談の存在を知り、これを相次ぐ僧侶の日蓮正宗からの離脱防止と、阿部に対する訴外池田託道からの名誉毀損訴訟に利用することを考え、その結果として、本件条件提示の事実が捏造されるに至ったと推測される。

2 阿部の責任の重大性

阿部は、日蓮正宗の代表役員であるとともに、宗派たる日蓮正宗の宗教上の最高指導者としての「法王」、宗務行政上の最高責任者としての「管長」の三つの地位を兼ねている。本来であれば、所属構成員が信仰活動を展開する中で、反社会的ないし違法な行為に及ばぬように善導・指揮監督すべき立場にある。しかるに、阿部は、久野らから、本件条件提示の事実は虚偽であり、全国教師指導会で公表報告すべきではない旨の警告を書面で受けていながら、十分な事実調査をすることなく福田に公表させたのである。

阿部の指揮・監督・決裁がなければ、重要な公式行事である全国教師指導会での福田の報告はありえないことからすれば、阿部は、本件条件提示の事実が虚偽であることを容認しつつ、あえて福田に報告させたといわざるを得ない。

本件における阿部の名誉毀損行為の違法性は、その内容、態様において極めて重大なものであり、日蓮正宗の最高責任者の地位に鑑みると、責任は著しく重いといわなければならない。

第三  当裁判所の判断

一  当裁判所も、控訴人らの請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由は、次に記載するほか、原判決の理由記載と同一であるからこれを引用する。

1  本件の事実経過について

当事者間に争いのない事実、証拠(甲一ないし三、九、一〇の1、2、一一ないし一六、一九、二一、二七、二九の1、2、三〇、四〇の1、2、四四の1ないし18、乙二八ないし三〇、三一の1、2、三二、三三の1、2、三四ないし五一、五四、五五、五七、五八、六一、六二、六三の1、2、六四、八二の1、八七、八八、一一二ないし一一七、一一八の1、2、一三〇、一三一、一三三、原審における久野、八尋頼雄及び福田各本人)並びに弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。

(一) 日蓮正宗と創価学会の関係

日蓮正宗は、宗祖を日蓮聖人とし、その仏法の一切を受け継いだとする第二祖日興上人以来、富士宮市にある大石寺を総本山として、代々の法王が継承してきた教団であり、昭和二七年一二月に包括宗教法人となり、現在の代表役員は六七代上人の阿部である。一方、創価学会は昭和五年に発足した創価教育学会に端を発し、日蓮正宗の在家信者を構成員として発展し、昭和二七年九月に独立の宗教法人となった団体である。

両者は、創価学会の会員は全員が日蓮正宗の信者であり、日蓮正宗の九九パーセントが創価学会の会員であるという密接な関係を築き上げ、仏法の広宣流布として盛んな布教活動を展開していた。ところが、昭和五二年ころ、創価学会がそれまで在家の宗教団体として進めてきた活動に対して、日蓮正宗の側から、教義逸脱、血脈軽視、僧侶・寺院軽視が見られると非難したことから、両者の対立が表面化した。これは、昭和五三年に創価学会幹部らが大挙して大石寺に参詣し、昭和五四年には創価学会の池田大作会長(池田大作)が会長職を辞任するなどして、創価学会側が譲歩する形で一応の解決が図られ、なお創価学会に対して批判的な僧侶達と日蓮正宗との間で問題が残ったものの、日蓮正宗と創価学会の間では表立った紛争はなく経過した。

(二) 再度の対立と創価学会の除名等

平成二年になって、日蓮正宗は、創価学会が会員に対して寺院への参詣や寄進などに関し、寺院軽視の指導をしていると批判し、これに対して池田大作や創価学会幹部らが、日蓮正宗及びその僧侶の綱紀等の乱れを非難したことから、再び両者の対立が表面化するようになった。そして、同年一一月一六日の創価学会幹部会での池田大作の日蓮正宗批判の発言をきっかけに、これを黙視できないとする日蓮正宗は、同年一二月一六日、同月一三日付の「第三五回本部幹部会における池田名誉会長のスピーチについてのお尋ね」と題する書面を創価学会の秋谷栄之助会長(秋谷)に送付して文書による回答を求めた。しかし、秋谷会長は、同月二三日、その件については連絡会議の場で話し合うとして回答せず、反対にそれまでの何度かの会談の際における阿部や日蓮正宗総監の藤本日潤の発言を非難する内容の書面を右藤本に送付した。

こうして、両者の対立は決定的なものとなり、日蓮正宗は、同月二七日、その宗規を改正して、檀徒及び信徒を総括する法華講の役員の任期の定めを改正し、それと共に現職の総講頭をはじめ本部役員の資格をすべて喪失させ、もって法華講総講頭であった池田大作を事実上解任し、同月二八日、池田に対し総講頭の資格喪失の通知をするに至った。また、平成三年七月二日から、創価学会による総本山大石寺への登山会を停止して、大石寺への参詣には所属寺院発行の添書を要することとした。さらに、日蓮正宗は、同年一一月七日付で「創価学会解散勧告書」を出して、創価学会の解散を勧告したうえ、同月二八日付で「創価学会破門通告書」を池田大作及び秋谷らに送付し、協議上、信仰上の違背等を理由に創価学会及びSGIを日蓮正宗から破門する旨通告した。そして、平成四年七月四日には、日蓮正宗の東京第二布教区宗務支院長高橋信興から池田大作に対し、同人の平成四年になってからの発言内容が信徒除名処分に相当するとして、弁疎の機会を与える旨の通知書が送付され、その後同年八月一一日で同人を信徒除名処分に付した旨の通知がされた。

(三) 創価学会の反発と日蓮正宗からの僧侶の離脱

これに対し、創価学会は右のような日蓮正宗からの破門等の処分を激しく非難し、その不当性を訴えた。また、創価学会に同調して、平成四年二月以降、日蓮正宗から相次いで離脱した僧侶達による、日蓮正宗の現体制や阿部ら幹部を批判する書面を次々に聖教新聞に掲載して日蓮正宗批判を強めていき、それと共に、日蓮正宗の僧侶達に対する離脱の説得も行っていた。こうした中、同年三月三一日に大石寺で行われた僧侶らの会食会で、阿部が、同年二月二日に日蓮正宗を離脱した訴外池田託道に関して、同人が、他の僧侶に五〇〇〇万円出すと言って日蓮正宗からの離脱を誘っている旨の発言をしたとして、右池田託道が阿部を被告として名誉毀損による損害賠償請求の訴訟を提起するといった事態が起きるなどした。

ところで、創価学会としては、後述する平成三年一月の福田のファクシミリの件などから、日蓮正宗がすでに平成二年夏ころから、創価学会を分離、切り捨てる方針(いわゆるC作戦)を立案していたとの疑念を抱き、平成三年一一月には聖教新聞にその旨の非難記事を掲載していたが、その真相が一層明らかになれば、日蓮正宗の創価学会に対する一連の対応が計画的にされた不当なものであることを明確にできると考えていた。そして、平成四年一〇月以降、C作戦の全容を公表して、日蓮正宗の現幹部らに対する攻撃を展開することを計画していた。

(四) 福田によるC作戦の示唆と本件会談に至る経緯

ところで、福田は、昭和五八年一二月から、日蓮正宗の宗務院海外部書記をしていたが、久野とは、同人がSGIのアジア部長であったため、平成二年三月及び一一月の二度にわたって海外布教のための出張に同行して面識があった。

平成三年一月二日、福田は、久野宛に、日蓮正宗が創価学会やSGIを攻撃する考えであることや、平成二年七月ころに、指示を受けて、創価学会の分離、切り捨てを内容とするC作戦なるものの案文をまとめたが、これが八月に頓挫したことなどを記載したファクシミリを送付した。これを受けて驚いた久野は、早速、日蓮正宗の代表役員である阿部に対し、その内容の真偽についての質問状を送付したが、回答は得られなかった。その一方で、福田は直ちに上司から注意を受け、平成三年一月九日には、右ファクシミリの件を理由に海外部書記を免ぜられて謹慎状態に置かれた。その後、大石寺の法要出仕係を経た後、平成四年四月一六日、日蓮正宗の末寺である滋賀県彦根市所在の本地寺の住職に任ぜられた。

同年九月二八日、創価学会の青年部長であった控訴人正木正明(正木)は久野に対し、日蓮正宗側の人物によってC作戦の存在を公表させたいとして、右のように最初にC作戦に言及したファクシミリを送付してきた福田から真相を聴取して、その公表を説得するよう指示した。そこで、久野は、同年一〇月二日、本地寺の福田に電話をかけて面会を申し込み、福田もかねてから面識のある久野であったため面会に応じることとした。

(五) 本件会談の経過と内容

福田と久野は、平成四年一〇月三日午後一時四〇分ころから午後四時すぎころまで本地寺の庫裡で二人だけで会談した。この会談で、久野は、福田に対し、「年内に阿部を退座させ、創価学会との対立状態に決着をつけたいと考えている。信徒の中にはC作戦が本当にあったのか疑っている人が多い。本当にC作戦があったのだとしたら本山から離脱する僧侶も沢山いるようだ。ファックスでC作戦があると発言したのはあなたなのだから、決着をつけるときもあなたが発言すべきではないか。」などと述べて、C作戦の存在と真相の公表についての協力を依頼した。しかし、福田は、何故自分が創価学会に協力しなければいけないのかと反問し、また、依頼に応じて協力すれば日蓮正宗を離脱して僧侶をやめ、妻とも離婚しなければならない、本地寺の信徒を裏切ることにもなるなどと言い、久野は公表のために日蓮正宗からの離脱が必要なら離脱して欲しいとも説得したが、福田は承知しなかった。

その後、再び、同日午後七時四〇分ころから翌四日の午前零時三〇分ころまで、久野が宿泊していた彦根観光ホテルのレストランや客室で会談を続けたが、同様の話が繰り返されるばかりで進展しなかった。この日の会談の中で、福田は久野の申入れに協力すれば、日蓮正宗から離脱せざるを得ないとして、協力に対する見返り条件、経済的補償について再三尋ね、これに対し、久野は五〇〇〇万円までなら出せる、法律的な手続や面倒なことは全部こちら側でやる旨回答したが、福田は、やはり離脱の意思はなく協力できないとして最終的には申入れを拒否した。

しかし、久野は、長時間の会談に応じた福田の様子などから、なお説得の余地があると判断して、正木にその旨電話連絡した。そこで正木は、創価学会の責任役員で副会長である控訴人八尋頼雄(八尋)に説得に加わって貰うことを考え、同月四日朝、八尋に電話でその旨依頼し、両名は京都で合流して同日午後五時すぎころ彦根に到着した。

一方、福田は同日午前八時三〇分ころ、久野のために聖教新聞を持ってホテルを訪れて、一〇時ころまで客室で話し合ったが、格別の進展もなく別れた。彦根に到着した八尋は、久野からそれまでの経過を聞いたうえ、午後七時ころ、わざわざ彦根まで来たので会って欲しい旨、電話で福田を呼び出し、午後七時三〇分ころから午前零時近くまで、前記ホテルの客室で、八尋、久野及び福田の三名による会談が行われた。なお、正木も来ていることは、福田には告げていなかったため、同人は別室に待機して会談に加わらなかった。

この三名による会談で、八尋は、日蓮正宗と創価学会の対立は阿部の特異な性格から日蓮正宗が変質したことに起因するものであり、創価学会の独立などあるはずがなく、両者の将来のためには阿部が退座し、創価学会を理解してくれる猊下に代わる必要があり、そのためにも福田にC作戦の真相を公表して欲しいと説得を試みた。しかし、これに対しても、福田は話は開きながらも、協力依頼に応じる姿勢を見せなかった。この会談の途中でも、C作戦を公表して日蓮正宗を離脱した場合の経済的な補償の話が出て、久野が五〇〇〇万円までなら出せる旨発言した。

一〇月五日は、久野が、電話で、C作戦について掲載した創価新報の最新号があると言って福田をホテルに呼び出し、このときは正木がそれを持参したという名目で同席して、午前一〇時四〇分ころから午後零時二〇分ころまで三名で会談し、福田に対し、前同様の説得と日蓮正宗からの離脱が勧められたが、福田は応じなかった。

(六) 福田による本件会談内容の公表

福田は、控訴人らとの会談が終わった後、以後の面会を明確に断らないまま別れたことから、平成四年一〇月七日、控訴人ら宛の「私信」をファクシミリでSGI事務局等に送付して二度と会わないことを明らかにした。ところが、同月二一日付の創価新報に右「私信」の一部が載せられたうえ、福田がC作戦の立案者が訴外関快道であると証言した旨の記事が掲載された。そのため福田はこれに対抗して、同月二三日以降、「離脱勧誘始末記」との標題で、久野が、福田との同月三日の会談において、福田に対し、「お金のことはいいたくないが、本部としては、支度金として、まず五〇〇〇万円まで出す用意がある。」と発言した旨を記載した文書を日蓮正宗の各末寺及び創価学会の会館に配布し、同月二九日ころには、「創価学会幹部三名による離脱勧誘の件」と題する報告書に、同月三日の会談で、久野が福田に対し、「お金のことは、あまり言いたくないが、創価学会本部としては、まず五〇〇〇万円まで出す用意がある。」、「もし、あなたが、猊下から五〇〇〇万円以上のお金をもらっているならば、それ以上、出すことも考えている。」と発言した旨を記載して日蓮正宗の各末寺に配布した。さらに、福田は、同年一一月一七日の日蓮正宗全国教師指導会において、「久野、八尋、正木の三名が提示した条件は、二つございます。第一点といたしましては、創価学会本部から現金五〇〇〇万円の支度金を支給するということでございます。」「久野は言いました。『創価学会本部としてはまず五〇〇〇万円まで出す用意がある。』こういうことを何度か言っておりました。寺院の庫裡でやはり一回か二回言っておりました。『五〇〇〇万円までなら出せる。それ以上はちょっと……』ということを言っておりました。私はこの条件を自分から言うことは絶対に、避けようと思っておりましたので、五〇〇〇万円という数字が出たことに対して記憶ははっきり残っております。私が言い出したものではありません。」「私の感触では、一般的に離脱勧誘の交渉条件としては、まず創価学会本部が離脱準備のための支度金五〇〇〇万円用意する、ということから始まるようでございます。もっとも、私のような一般僧侶では、わずか五〇〇〇万円でありますが、支院長、副支院長クラスでは当然七〇〇〇万円ないし八〇〇〇万円から一億円、一億円以上の好条件となることは間違いのないことであります。これはあくまでも推定でございます。」といった発言をした。そして、そのころ、本地寺の信徒に対しても、「創価学会幹部三名による離脱勧誘の件」と題して、「久野、八尋、正木の三名が提示した条件は、創価学会本部から現金五〇〇〇万円の支度金を支給するということ」等と記載した文書を配布した。

2  控訴人らの当審における主張について

右に認定した久野らによるC作戦の公表、日蓮正宗からの離脱に対する五〇〇〇万円の条件提示の事実について、控訴人らは原審においてこれを争い、当審においても前記のとおり、右認定が事実誤認であるとして詳細な主張をしている。そこで、ここでは当審における主張に即して検討を加えるが、以下に記載するほかの事実認定の理由に関する判断は、原判決の理由における説示と同一であるからこれを引用する。

(一) 福田供述の信用性について

控訴人らは、福田供述が信用できないとして、その供述のいくつかの矛盾点をあげている。しかし、提示額の上限に関する久野の発言の相違に関する部分は、内容的に矛盾するものではあるが、説得の過程で当初は多額の条件を提示し、次いで相手の反応を見ながら自らの側の事情をもとに条件を下げるということは十分にありうることで格別異とすべきものではない。また、条件提示の時期と経緯についての福田の供述が一貫していないとしても、長時間にわたり説得を受ける中で、多少の齟齬が存したからといって供述全体の信用性を損なうものとはいえない。ことに、前述したように、福田からの経済的補償の提供について回答を促すことは当然にあり得ることであり、何回にもわたって回答を催促し、その結果、五〇〇〇万円という具体的な金額の提示があったとする供述は十分に信用することができる。

控訴人らは、久野が、福田が阿部から金を貰っていることを勝手に想像して説得することは考えられないとするが、創価学会側がC作戦の存在が公にされることの効果を重大視していたことを考えれば、久野が説得の中で、何らかの口止め料の交付を想定して話をすることもありえないことではない。

提示された条件について、福田が交渉をせず黙殺したというのは不自然とも主張するが、条件を一応聞いてみてこれに応じないことも十分にありうる。

このように、控訴人らが、福田の供述が信用できないとする点は、いずれも首肯できず、福田供述の信用性を疑わせ、前記認定を左右するに足るものではない。

(二) 福田が虚偽であることを自認したとする点について

平成四年一一月一二日久野から福田に対する抗議の電話の内容を記録した甲三九号証の1、2によれば、久野が「創価学会がこの五〇〇〇万円を出す用意があるとかそんなこと言ってませんよ」と述べたのに対し、福田が「言ってないですね」と答えている事実が認められるものの、他のやりとりの部分では、福田は「五〇〇〇万は言ったでしょう」「五〇〇〇万ていう数字は、私は記憶あるんですよ」「五〇〇〇万までなら出せるって言いましたでしょう」などといった発言を繰り返していることもまた認められるのである。そして、この点に関し、福田が、「言ってないですね」とは、同人がまとめた文章どおりの発言ではなかったことを認めたにすぎず、感情の高ぶっている久野を刺激するのも拙いと判断して必要以上に反論しなかったと説明していること(原審における福田本人)をも考慮すると、前記の回答をもって必ずしも五〇〇〇万円の金額提示の事実が虚偽であることを認めたものとまではいえない。

(三) 福田の平成四年一〇月七日付の「私信」について

福田が本件会談の存在を初めて公表したものである「私信」には、五〇〇〇万円の金額が提示された事実は記載されていないものの、福田は当初から右の事実を公表することを躊躇していたものであり(原審における福田本人)、右「私信」に記載されなかったからといってこれが存在しなかったということはできない。

(四) 離脱説得に経済的条件の提示がありえないとする点について

福田が久野らの説得に応じた場合に、多大の不利益を被ることは、本件では容易に予測できることである。日蓮正宗からの離脱は必然ではなく、生活基盤を失う事態にもならないという控訴人らの主張は採用できない。信仰に関わる事柄とはいえ、経済的不利益が伴う行動を依頼された場合に、経済的補償を求めることはむしろ当然というべきである。

(五) 本件条件提示事実捏造の狙いの主張について

本件全証拠によっても、控訴人ら主張のように、日蓮正宗の宗務院が関与して、その主張のような意図で、本件条件提示の事実を捏造したと認めることはできない。

3 福田による公表の名誉毀損性について

控訴人らが、協議の上、福田に対し、C作戦の公表を説得し、その過程で必要であれば日蓮正宗からの離脱を勧め、久野において、見返りの経済的補償として五〇〇〇万円を提供する用意がある旨の発言をしたことは事実と認められる。控訴人らは、福田がこの会談内容を公表したことにより、控訴人らの社会的評価が低下し名誉が毀損されたと主張している。

たしかに、福田に提示された経済的補償の提供については、宗教的な信仰を金銭の提供をもって変節させようとするものといった否定的な見方がありうる。しかし、それは信仰に関わる者にも人間としての生活のあることを忘れた議論というべきである。福田には、自身は勿論、妻子を含めた家族の生活を支え、社会的存在たる人間として生きていく権利と責任があるのである。久野らの説得に応じた場合に福田が受けると予測される重大な不利益、ことに将来の生活基盤すら失うおそれのあることを考慮すると、福田が見返りとしての経済的補償の有無や内容を確かめようとするのはむしろ当然の事柄といえる。そして、久野らがこれに回答することもまた至極当然であって、異とするに足りない。

宗教と人間とのかかわりの中で、他人に知られたくない事柄であれば、関係者がこれを秘匿しようとする感情を持つことは理解できる。しかしながら、秘匿されず公表されたとしても、その事実が一般人の目から見て、人間として了解可能なものであれば、それが一般常識として破廉恥なものでない限り、人々は感情を交えずにこれを受けとめることが可能である。そして、人々が感情を交えずに冷静にこれを評価すれば、宗教界にも人間らしい行動があり、その一つの事例が報告されているにすぎないことに気付くであろう。そうであれば、本件会談において久野らが経済的補償の提供に言及し、それが公表されたからといって、必ずしも控訴人らの社会的評価を下げるものとはいえないものと考えられる。したがって、控訴人らの名誉毀損の主張は、まずこの点において失当である。

4  福田による公表の相当性について

日蓮正宗の僧侶である福田にとってみれば、前記のように激しく対立した状況下にある相手方の創価学会の幹部である控訴人らから、創価学会への協力を求められること自体、不快なことであったと解される。そのうえ、本件会談の事実が他から明らかにされることがあれば、日蓮正宗の内部における福田自身の立場も微妙なものとなるおそれがあったといえる。さらに加えて前述のような創価新報の報道がされるに及んでは、福田にとって、会談の経過や内容を詳細に日蓮正宗の本部等に報告し、関係者に開示することは、自らの立場と利益を擁護するためにも必要であったと認められる。そして、相手方も日蓮正宗や本地寺の関係者及び創価学会の関係者らに限られており、無限定に公表したものではない。ただ、公表に当たって用いた表現の中には、多少の脚色や誇張、穏当を欠く部分の存することは否定できないが、日蓮正宗と創価学会が相互に激しく非難しあっていた状況や、福田が公表をなすに至った経過に照らせばやむを得ないものと評価できる。

そして、何よりも、本件表現の核心となる部分が前述のとおり事実と認められる以上、本件公表はその方法、内容において社会通念上認容できる相当な範囲にとどまるものといえ、違法性を欠くと認められる。

5  以上のとおり、本件公表は、その名誉毀損性が認められないうえ、社会通念上容認できる限度を超えていないものと認められるのであって、不法行為であるとは認められない。したがって、その余の点について判断するまでもなく、控訴人らの被控訴人らに対する請求はいずれも理由がない。

二  よって、控訴人らの請求をすべて棄却した原判決は相当であって、本件控訴はいずれも理由がないので、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・淺生重機、裁判官・西島幸夫、裁判官・原敏雄)

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